2021-10

未分類

1558-1603年:エリザベス、ローマ・カトリック礼拝を抑える

 エリザベスが即位したあとすぐに、エドワード6世の第2祈禱書が若干の瑣末な修正を経たうえで、教会で使われるべき唯一の祈禱形式であることが宣言された。意見をいうのは自由であるが、すべての者が教会に行かなければならないとされた。ローマ・カトリッ...
日々の翻訳

1553-1558年:メアリーの治世

 メアリーが即位してから5年後、国民は再びはめられた軛にうんざりとしていた。メアリーはフェリペと結婚したことにより、国民感情を逆撫でした。修道院領を復活させることを脅かすことによって、宗教改革によって大身代をつくりあげた人々を恐怖させた。と...
日々の翻訳

1547-1553年:エドワード6世

 ヘンリーの決然とした行動は間違いなく変化の流れを落ち着かせるのに多大の貢献をした。だが、それを止めたりはしなかった。人間の制御を超えたところにある原因が国民を前へ突き動かしつつあった。中世の思考システムに対する反発は止められえなかった。ヘ...
日々の翻訳

ヘンリー8世の宗教的党派の扱い方

 (ヘンリー8世の宗教的党派に対する扱い方)こうした互いに相反し合う要素の真っ只中にあって、ヘンリー8世は平和を保つことが自分の義務だと感じた。彼はローマ教皇の権威を維持し、そうすることによって国家の独立を危うくする者を断首台に送った。彼は...
未分類

プロテスタンティズム

 (プロテスタンティズム) 新しい学問の精神は、かくしてそれ以前の時代の禁欲主義から離れていった。それはプロテスタント精神の中に同盟者を見つけた。ルターがすでに信仰義認説を唱えたときに、プロテスタンティズムの中心的思想を表していた。それはま...
日々の翻訳

イングランドの宗教改革

イタリアでは新しい学問が、支配的な宗教と対峙した。しかし、教会が長らく周りの世界と混ざり合っていたイングランドでは、そのような激しい意見の衝突はなかった。コレットとモアは、古い世界を新しい世界と調和させ、隠者の生活を学生の生活と混ざり合わそ...
イングランド史:1603-1642

禁欲主義に対する反発と新しい学問

 ついに大きな変化が来た。規律に対する絶望は国家の制度の中にその満足を見出した。至る所に禁欲主義に対する反発があった。禁欲主義は人間性を押し殺すことによって天上を垣間見ようとした。再び、古代世界におけるのと同じように、人と人が住んでいる世界...
未分類

中世の志向

ガーディナー 著『イングランドの歴史:1603-1642』1巻1章14
日々の翻訳

イングランドとローマ教皇(13/92)

ガーディナー 著、『イングランドの歴史:1603-1642』1巻1章13/92
日々の翻訳

下院議会の力が増大する (12/92)

ガーディナー著『イングランドの歴史:1603-1642』第1巻第1章12/92